映画評論4 ブラッド・ダイヤモンド 【少年兵と“血”のダイヤ】

1 あらすじ

 私たちの事務所創立記念トークイベントで、土井香苗弁護士が紹介しました。
 人気俳優レオナルド・ディカプリオが主演のアクション娯楽映画ですが、実は、同時に大変立派な社会派映画です。

 舞台は、内戦が続くアフリカ西部のシエラレオネ共和国。家族と幸せに暮らすソロモン・バンディー(ジャイモン・フンスー)は、反政府勢力のRUF(革命統一戦線 Revolutionary United Front)に村を襲撃され、息子を誘拐されてしまう。誘拐された息子はRUFに薬漬けにされ、少年兵として虐殺行為に参加させられる立場になる。
 一方、ローデシア(現・ジンバブエとザンビア)出身の白人傭兵のダニー・アーチャー(レオナルド・ディカプリオ)は、RUFに武器を調達し、代わりに受け取ったダイヤモンドを隣国リベリアへ密輸する密輸商人。ソロモンが見つけた大粒のピンク・ダイヤを横取りしようと考え、ソロモンの息子を救出する旅に付き合うことにする。
 旅の途中、紛争ダイヤの密輸の実態を追う社会派ジャーナリスト、ボーエン(ジェニファー・コネリー)と心を通わせたアーチャーは、次第に人間性を回復させていく。他方、傭兵部隊の司令官コッツィー大佐、RUFの司令官ボイゾン大佐も、ともにピンク・ダイヤモンドを狙っていた…。

 ピンク・ダイヤモンドをめぐる人間ドラマ、アクション娯楽作品としても十分楽しめます。ソロモンの息子への愛情、アーチャーとボーエンの愛憎などメロドラマ的要素もある(悪役ながら、次第に人間性に目覚めていくアーチャーを演じるディカプリオの演技力はすごい。)。

 ただ、エンディングテロップから明らかなとおり、監督の意図はいたって真面目。本作の主題は「少年兵問題」と「紛争ダイヤモンド(=ブラッドダイヤモンド)」でした。アクション娯楽の要素やメロドラマ的要素は、多くの若者に問題に気づいてもらいたいという、ハリウッド一流の配慮でしょう。「人権と平和」を追求する本稿も、この角度から取り上げていきましょう。

2 映画の背景

 まず、映画の背景であるシエラレオネ内戦について、少々おさらいをしておきます。
 シエラレオネは1961年にイギリスから独立。1985年からモモ将軍による独裁政権が続いていましたが、政治が腐敗し政情不安が続いておりました。モモ政権を倒すため、アハメド・フォディ・サンコーが、隣国リベリアのチャールズ・テイラー(反政府勢力であるリベリア国民愛国戦線(NPFL)のリーダー)の支援を受け、革命統一戦線(RUF)を結成、1991年に反政府武装闘争を開始します。この間、政府内でもクーデターが起こり、紆余曲折ののち、文民であるアフマド・テジャン・カバーが選挙で大統領となりますが、RUFはカバー政権と激しく対立。隣国リベリアで権力を握ったテイラーの支援を受けたRUFは、映画にもあるとおり、ダイヤモンドを資金源に武器を入手し、村を襲って子どもを誘拐し、誘拐した子どもを少年兵にして、さらに村人を虐殺するという、まさに犯罪行為を繰り返していたのです。
 1999年、ロメ和平合意によりRUFは武装解除と引き替えに政権参加が認められることになりますが、紆余曲折あって合意は事実上破綻します。(シエラレオネで武装解除(DDR)を行った伊勢崎賢治氏は、著書「武装解除」(講談社現代新書2004年)の中でロメ合意の偽善性を鋭く批判しています。)。さらにサンコーは抗議に訪れていた群集を殺害した事件で身柄拘束を受けます。カバー政権は、2002年3月、内戦終結を宣言。サンコーは戦争犯罪で起訴されますが、公判中の2003年に心臓発作で死亡。RUFのパトロンであるリベリア大統領テイラーもこの年に政権の座を追われナイジェリアに逃亡しますが、シエラレオネ内戦に関与、虐殺や非道な行為を働いたとして、2006年にシエラレオネ国際戦犯法廷(SCSL)へと訴追されています(英国出身のスーパーモデル、ナオミ・キャンベルが、この法廷で、テーラー被告からダイヤモンドを贈られたエピソードを証言したことは有名ですね。)。

 映画で、ソロモンの息子をさらった悪役の司令官、ボイゾン大佐は悪名高きRUFの指揮官。コッツィー大佐率いる傭兵部隊のモデルは、南アフリカの民間軍事企業「エグゼクティブ・アウトカムズ社」のようです(「エグゼクティブ・アウトカムズ社」について詳しくは、「戦争請負会社」(P.W.シンガー著、日本放送出版協会2004年)をお読みください。)。世界のダイヤモンド市場を牛耳る「バン・ディ・カープ社」のモデルは、南アフリカ共和国ハウテン州ヨハネスブルグ市都市圏に本社を置く、実在のダイヤモンドの採鉱・流通・加工・卸売会社「デビアス・グループ」のようです。

3 少年兵問題

 映画では、RUFが村人の手足を切り落とす信じられない残虐行為を行う場面があります。私も最初に映画を見たときにはにわかに信じられなかったのですが、これはどうも有名な事実のようです。一番分かりやすい書物が、後藤健二さんというジャーナリストの方がお書きになった「ダイヤモンドより平和がほしい~子ども兵士、ムリアの告白」(汐文社2005年、何回か触れますので、以下「平和がほしい」と略します。)。この書物の中で後藤さんは手足を切断された被害者が収容されている「アンプティ・キャンプ」を実際に取材し、被害者のこんな声を紹介しています。

「(RUFに切断された)右手を見るたびに、おれたちにはもう手がないんだと思うと悲しくなる。これが、おれたち一家が背負った現実なんだ。たとえ戦争が終わっても、おれたちは一生このことを忘れることができない」(同書23頁)

 こんな恐ろしいことを実際に手を下したのは、皮肉なことに、なんと10歳から16歳程度という少年兵でした(前記「平和がほしい」による)。映画に描かれているとおり、少年たちは、RUFに拉致され、親を殺され、薬物漬けにされ、恐ろしい殺人マシーンに変身させられてしまったのです。少年兵は、アフリカだけで20万人もいる、と映画は訴えます。

 何故、少年兵がこれほど増えてしまったのでしょう。土井弁護士は、「安い。早い。うまい。」からだと説明しました。村を襲って誘拐してくるわけだから簡単に集められるし、子どもは洗脳が容易。しかも、武器の発達によって子どもでも結構な働きができる。
 P.W.シンガー氏は、著書「子ども兵の戦争」(NHK出版2006年、小林由香利訳。おそらく少年兵問題についての決定版だと思います。)において、少年兵が生まれた背景に武器の発達を挙げています。少年兵が用いるAK47(カラシニコフ自動小銃)は重さわずか4.7キロ、メンテナンスもほとんど必要がない。子どもは30分ほどで使い方を覚える。このため、「一握りの子どもたちが、ナポレオンの歩兵連隊に匹敵する射撃能力を持ちうるわけだ」(「子ども兵の戦争」71頁)という状況なのです。

 映画では、子どもを兵隊に教育する過程も、実に正確に描かれています。ソロモンの息子は、村人を目隠しして殺害する、儀式的な殺害行為をさせられますが、シンガー氏によればこれは事実。同氏によれば、「儀式的殺人は組織の権威に対する抵抗心をなくさせ、殺人にまつわるタブーを破るのが目的であって、子どもたちをおびえさせるばかりか、最悪の暴力行為に荷担させる」(「子ども兵の戦争」109頁)というわけです。同書には、少年兵のこんな言葉が紹介されてします。

「村には帰りたくない。ぼくが村中の家を焼き払ったから。みんながぼくをどんな目に遭わせるかわからない。だけど、きっと痛めつけるはずだ。受け入れてくれるとは思えない。」(「子ども兵の戦争」109頁)

 シンガー氏の書物によれば、少年兵を「ブラッド・ネバー・ドライ(乾くことのない血)」等の恐ろしいあだ名で呼んだり(同書107頁)、少年兵の体に「RUF」と文字を刻んだり(同書108頁)、麻薬漬けにしたり(同書119頁)という映画の描写は全て真実。それどころか、「戦争が終わるころにはRUFの戦闘員の推定80%以上がヘロインかコカインを使用していた」(同書120頁)というのです。RUFでは、「戦闘要員の80パーセントが7歳から14歳」(同書32頁)だったというのですから、実に深刻な話です。

 前掲「平和が欲しい」で、後藤健二さんは、元少年兵で施設でリハビリを受けている、少年ムリアを取材しています。「キラー・イン・ザ・ブッシュ(藪の中の殺し屋)」というあだ名を持っていたというムリアの顔には、三日月型の傷があります(表紙の写真参照)。これがなんと、麻薬を埋め込んだ痕だというのです。ムリアは言います。

「カミソリで切って、そこに麻薬を埋め込むんだ。埋め込んでぬいあわせる。麻薬を入れられると、とても正気じゃいられない。殺したいと思った相手をすべて撃ち殺してしまうんだ」(「平和が欲しい」43頁)

 もう、なんにも言うことはないでしょう。子どもをこんな形で兵隊にするのは、明らかに間違いであり、犯罪です。実際、国連は、2000年に、「武力紛争における児童の関与に関する児童の権利に関する条約選択議定書」を採択し、18歳未満の児童の強制的徴集及び敵対行為への参加を禁止し、そのような行為を国内法上の犯罪とすると定めました。また、子どもの権利条約(1989年採択)は、15歳未満の児童の軍隊への採用を禁止しており、この場合は志願兵であっても許されないのです。

 2007年6月、シエラレオネ特別法廷は、反乱軍(ただし、RUFではなく、AFRC) にいた3名を、15歳以下の子供を部隊に加入させたことも含めて戦争犯罪だとして有罪判決を下しました。これにより、少年兵の使用は、「犯罪」であることが公に確定したわけです。

4 「紛争ダイヤモンド」

 さて、映画のもうひとつの主題である、「紛争ダイヤ」(ブラッド・ダイヤモンド)についても駆け足で見ていきましょう。

 映画の中でディカプリオが演じるアーチャーは、ダイヤと引き換えに武器を供給していました。ダイヤの密輸先は隣国リベリア。シエラレオネで武装解除(DDR)を行った伊勢崎賢治氏は、その著書「武装解除」(講談社現代新書2004年)でつぎのように述べています。

 「シエラレオネ産のダイヤモンドは、血塗られたダイヤだ。ここで採掘されたダイヤモンドの原石の多くがRUFのパトロン、テイラー大統領の隣国リベリアを通じて密輸され、それで得た外貨で武器を購入するという構図。つまり、ダイヤモンドがゲリラの資金源になり大虐殺を引き起こすという意味で、血塗られているのだ。ゲリラ兵士は、戦闘員としてだけでなく、こういったダイヤモンド原石の採掘労働者としても使われていたのだ。」(同書123頁。)

 つまり、武装勢力はダイヤモンドで得た利益を武器の購入に当てるため、紛争地からのダイヤの輸入は、紛争の長期化の原因になります。また、映画にも描かれているとおり、武装勢力はダイヤモンド採掘のため人々に苦役を課すので、そのようなダイヤモンドを購入することは人道上も大変な問題なのです。

 映画では、ダイヤモンド採掘の様子も描かれていますね。あれも正しい描写です。前掲「武装解除」に映画どおりの写真が出ています(同書125頁)。写真のキャプションとして「少年兵に銃を持たせ、労働者が原石をくすめないよう目を光らせていたとも聞く」とありますが、これも映画の描写どおりでしょう。まさに、紛争ダイヤは、二重の意味で人権侵害的なのです。

 映画は、2000年1月の南アフリカ・キンバリーでの国際会議で、ソロモンがスピーチをする場面で終わりますね。あれは「キンバリー・プロセス」への流れを意識した場面と思われます。

 2000年1月、ダイヤモンド生産国は、南アフリカのキンバリーで会合を開き、紛争ダイヤモンドの取引を停止する方法について話し合いました。また、同年7月には、国連安保理による公聴会で、シエラレオネのダイヤモンド取引と武器の取引が関連していることが明らかにされました。その後、さまざまな会議を経て、2003年1月に、ダイヤモンドの原産地が紛争と関係のないものであると認証するキンバリープロセス認証制度(KPCS)が採択されました。これによって、「紛争ダイヤモンド」は市場から大きく締め出される結果になったのです。

 映画はソロモンの勇気とボーエンの努力が「キンバリー・プロセス」への道を開いた、という描写になっています。まさに、現地で被害を受けた人々の血のにじむような努力と、欧米市民社会の協力があってこそ、「ブラッドダイヤモンド」を大幅に減少させることができるのでしょう。

5 まとめ

 また、長くなってしまいました。よく怒られます。でも、少しだけまとめを書かせてください(この辺が弁護士の悪い癖です)。

 まず、少年兵問題。
 映画のエンドテロップによれば、アフリカだけでも未だ20万人の少年兵がいるといいます。その他、世界で少年兵が存在する主な地域は、前掲「子ども兵の戦争」によれば、コロンビア、エクアドル、エルサルバドル等南米地域、チェチェンやコソボなどのヨーロッパ、イラク、レバノン、スーダン、パレスチナなどの中東地域、そして、ミャンマー、インド、ネパール、スリランカ等のアジア地域だといいます。それぞれ背景は違うでしょうが、「少年兵」だけは絶対に許さない国際世論が是非必要でしょう。

 次に、「ブラッド・ダイヤモンド」。
 「キンバリー・プロセス」によって、「ブラッド・ダイヤモンド」は市場から大幅に減ったといいますが、ゼロになったわけではありません。映画のエンドテロップのいうとおり、「それを阻止するのは消費者である」。引き続き、問題意識を持ち続けることが必要だと思います。
 また、「紛争」に絡むのはダイヤだけか。「紛争」でなくても、児童労働や搾取的労働によって生産されたものが輸入されていないか。チョコやコーヒーは大丈夫か。いろいろ関心は尽きないところです。

 弁護士の悪い癖で小難しいことばかり書いてしまいましたが、最初に述べたとおり、人間ドラマとしても十分に楽しめる映画です。お正月に、DVDで是非見てみてください。

(「ブラッド・ダイヤモンド」エドワード・ズウィック監督 2006年アメリカ )


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